本記事では、検索データを活用し、消費者の“意図(インテント)”を読み解くことで、マーケティングの成果を最大化する「インテントマーケティング」について解説します。プライバシー保護の強化や広告規制が進む中、検索データはますます価値を持つ情報源となり、消費者自身も気づいていない本音に近づく重要な鍵となっています。
インテントマーケティングとは?
インテントマーケティングとは、カスタマージャーニー上に現れる消費者の行動シグナルから、その背後にある「意図(インテント)」を読み取り、製品・サービス・広告・コンテンツなどのマーケティング施策に反映させる戦略的なアプローチです。
従来のマーケティングは、年齢や性別、興味関心といった静的なデータに基づき、画一的なメッセージを発信してきました。一方、インテントマーケティングでは「いま、消費者が何を検索し、何に悩み、何を知りたいのか」といった“動的な行動データ”に注目します。これにより、適切なタイミング・チャネル・メッセージで、顧客にアプローチできます。
また、従来のマーケティングはプロモーションを中心に製品の認知度向上に集中しますが、インテントマーケティングは顧客との関係を深めることに集中します。根本的に消費者がなぜこのカテゴリーの製品を必要としたのか、どのような問題を解決しようとしたのかを把握し、これに合った製品やサービスを開発し、消費者が必要なタイミングで、利用するチャネルで知らせ、消費者と企業の関係を構築します。
B2C、B2Bを問わず、検索行動、SNSでの反応、Webサイト訪問、コンテンツ消費などを総合的に分析することで、顧客体験を改善し、ブランド認知・コンバージョンの向上を実現します。
ピーター・ドラッカーの言葉
「マーケティングの目的は、販売を不要にすることである」——ピーター・ドラッカーのこの言葉は、インテントマーケティングの本質を体現しています。つまり、消費者の関心やニーズを深く理解し、製品やサービスをその期待に沿う形で提供することで、無理に売り込むことなく自然と選ばれるようにする考え方です。
消費者の意図を先回りして理解し、求められるものを提供するマーケティングと、人気商品を模倣し広告で拡散して販売を促すマーケティングでは、アプローチが根本的に異なります。インテントマーケティングは後者ではなく、前者を実現するものです。
なぜ今、インテントマーケティングが注目されるのか
プライバシー保護による広告制限の強化
インテントマーケティングが注目される背景には、近年のプライバシー保護強化による広告環境の変化があります。
2021年、AppleはiOS14.5で「アプリ追跡透明性(ATT)」を導入し、ユーザーの同意なしにトラッキングを行うことを制限しました。以前は誰でも簡単にアプリデータを活用してリターゲティング広告を実施できましたが、これにより、アプリで消費者の行動情報を収集できなくなり、従来のリターゲティング広告の精度と効果が大きく低下しました。
また、GoogleもChromeでの第三者クッキーの廃止を進めており、Webにおけるターゲティング広告の実行も困難になってきています。2024年7月に第三者クッキー禁止の方針を撤回しましたが、プライバシーを重視する流れは今後も続くと考えられます。
こうした中で、企業は自社で消費者データを収集・分析する「ゼロパーティデータ」や「ファーストパーティデータ」に注目するようになりました。
検索データの価値が再評価されている
プライバシー保護の流れの中で、検索エンジンから得られる検索データは、消費者の行動と意図を正確に捉える“バイアスの少ない”データソースとして再注目されています。特にGoogleやYahoo!などの検索エンジンに入力されるクエリは、他人の目を気にせず、消費者が素直な本音を打ち明ける場であるため、非常に信頼性が高いとされます。
検索データやインテントマーケティングが注目されるのは当然の流れです。
検索データで消費者インテントを把握する方法
従来の手法の限界

CRMデータやWebログ、SNS投稿、フォーカスグループインタビューなど、従来のデータ分析では「本音の把握」には限界がありました。
まず、ほとんどの企業が保有しているCRMデータやウェブログデータは既存の顧客に限定されたデータであり、そのサンプルサイズが市場全体と比較した場合、かなり小さいため、まだ自社の顧客ではない潜在顧客の意図を把握するには不十分です。これをカバーするためにリサーチ会社に依頼してFGIやFGDなどのインタビューを行いますが、そのパネル数も限られています。
次に、ソーシャルリスニングデータを活用し、過去10年間、SNSやオンラインコミュニティの投稿を分析して消費者の本音を探ってきました。頻出キーワードのカウントや感情分析を通じて、ブランドや製品に対する印象を把握できました。しかし、SNSは他人の目を意識した投稿が多く、顕在化していないニーズや悩みを抽出するのが困難です
検索データがもたらす3つの価値
このような状況で消費者の意図を把握できるデータは、検索エンジンから確保する検索データです。検索データは数字(月間検索量)やテキスト(検索ワード)、グラフ(検索経路)などの様々な形で現れるので、消費者がどのような状況でどのような意図を持って検索をしたのかを把握できます。
1. バイアスのない“本音”のデータ
他人の目を気にせず、消費者は検索バーに自分の関心、悩み、比較したい内容などを正直に入力します。たとえば「AirPods Max ノイズキャンセリング 比較」や「SONY WF-1000XM5 バッテリー寿命」などの検索は、消費者の購買意思の強さや関心ポイントを如実に表しています。また、「電気シェーバー ラムダッシュ クーポン」「ラムダッシュ セール」などの検索は、価格に敏感な潜在顧客のニーズが反映されています。
2. 全数データとしてのスケーラビリティ
検索データは全国民レベルの膨大なサンプルが集約されたビッグデータです。月間350億回以上の検索をベースにしたインサイトは、市場調査よりも広く深い分析を可能にします。
350億回の検索を構成する3億個の検索ワードを集めて分析すれば、日本人の悩みに近づくことができるということです。
3. 文脈分析が可能
検索データ分析と言えばGoogleトレンドなどの検索量の変化分析を思い浮かべると思います。検索量分析だけでも多くの情報を得られるますが、それだけでは消費者の心の奥にある意図は把握できません。
単語単体でなく、「月間検索量」、「年間検索量」、「3ヶ月間の増減」、「前後の検索キーワード」や「検索結果ページ(SERP)の傾向」などの文脈を合わせて分析することで、消費者の“検索の流れ”から意図の深掘りができます。
このように検索データは消費者インテントを分析できる最良のデータソースだと言えます。
インテントマーケティングがビジネスに与える影響
インテントマーケティングの効果は単にマーケティングキャンペーンの効率を高めるだけではありません。
検索データから得た消費者インテントを起点に、製品企画・市場調査・コンテンツ設計・チャネル選定を行うことで、マーケティングのみならずビジネス全体が顧客中心に進化します。
リアルタイムかつ匿名性の高い検索データを活用することで、競合がまだ気づいていない消費者セグメントを発見し、新たな需要を先取りすることも可能です。
インテントマーケティングの成功事例:LGファッション
インテントデータの影響力が分かる海外の事例を1つご紹介します。
2018年、LGファッションは新規事業として紳士服ブランド「HAZZYS」でメンズ化粧品市場に参入しました。
その際、従来型の市場調査を行いましたが、十分なインサイトが得られませんでした。
そこでGoogleやNAVERの検索クエリと検索結果ページのデータを収集・分析した結果、男性が最も検索するコスメ関連のキーワードが「香り」であることが分かりました。20-30代の若い男性は異性にモテるために「女性にモテる メンズ香水」のようなキーワードを検索し、40-50代の男性は他人に不快感を与えないよう、加齢臭を消すために香水を検索していました。
香水の次に多く検索されていたのは「メイク」でした。
意外にも多くの若い男性がニキビなどの傷跡を隠すための化粧品・メイク用品を検索しており、オールインワンというキーワードから、何個も化粧品を使うのが面倒くさいという消費者心理も現れました。これは「髭剃り」市場が今後細分化され、拡大していく市場だとした、リサーチ会社の報告とは異なる結果でした。
このようなインサイトを基に、ジョーマローンの調香師が作った香りということをメインのコミュニケーションポイントとし、手間がかからない「サンオールインワン」という製品を発売しました。スキンローションと日焼け止めクリームが合わさった製品で、朝にこれだけ塗ればよいという手軽さが、男性消費者のニーズを満たし、大ヒットしました。
この成功は、インテントデータによる商品企画とコミュニケーション戦略の革新を示しています。
このようにインテントデータは新製品やサービスの開発にも活用できます。消費者が実際に求めている機能や効能が何なのかをアンケートで確かめなくても、実際に消費者が検索行動で残したテキストデータから具体的に把握できるため、企業がユーザー視点で問題を定義し最適な解決策を提案できるようになります。
まとめ:検索データ×インテントマーケティングは、次世代のスタンダード
検索データをもとに消費者インテントを捉え、先回りして最適な情報や商品を届けるインテントマーケティングは、今後のデジタル時代における標準となるでしょう。
データとインサイトを武器に、企業はより顧客起点で、価値ある提案を行える時代が到来しています。マーケターにとって検索データを扱うスキルは、今後の必須能力となるはずです。