前回の記事(1/2)でお話しした、AI時代において「エージェントは新しいメディアである」という宣言は、もはや単なる比喩ではなく、現実になりつつあります。
検索とメディアが消費者のインテントとブランドを繋いでいた時代を経て、これからはエージェントが消費者の問いを理解し、適切な選択肢を提示する主体として定着していくでしょう。

この文脈において、
「Every company is a media company」というかつての宣言は、
「Every brand is an agent」という新しい宣言へと拡張されます。
ブランドは商品を売る以前に、消費者が抱える悩みや欲求を代わりに理解し、最適な解決策を提案する、信頼できる支援者として機能しなければなりません。
したがってブランディングは、単にブランド自身を知らせる行為ではなく、消費者の文脈を読み取り、主体的に最善の意思決定を設計する新しいブランド行為へと再定義される必要があります。
つまり、ブランドそのものがエージェントになるべきだという意味です。
ブランディングは認知度の戦いではなく、呼び出しの構造である
一般的に「ブランディングは認知度の戦いだ」と思われがちですが、認知度はブランドが呼び出されるための必要条件ですが、十分条件ではありません。
人が選択する時、頭の中にあるブランド名のリストを順番にスキャンして選ぶのではなく、特定の状況という文脈が先に開き、その文脈に沿った座標をたどることでブランドを呼び出すからです。
例えば「今夜、軽く食べられるもの」を考えるとき、飲食店の名前が一覧のように浮かぶのではなく、「退勤途中で立ち寄れる場所」+「軽め」+「夜でも胃の負担が少ない」といった文脈が先に立ち上がり、それに結びついたブランドが地図上の座標のように活性化され、選択されます。
私たちがブランドを思い出す瞬間とは、このようにまず文脈が開き、その文脈上の座標にあるブランドが呼び出される瞬間なのです。
ブランディングは場面から始まる
だからこそブランディングは、
「蒸し暑い午後に不快指数を下げたいとき」
「20分後の会議までにバッテリーを充電しなければならないとき」
「夜11時に宿までの道が安全か確認したいとき」
といった、消費者が思い浮かべる具体的な場面から出発する必要があります。
この場面を、マーケターはカテゴリーエントリーポイント(CEP)と呼び、意味空間における一つの座標だと考えることができます。
なぜ意味空間という言葉を使うのか
あえて「意味空間」という言葉を使う理由は、AIが人間の生成した膨大な文章や映像データを学習し、言語・画像・行動のシグナルを埋め込み、ベクトルとして保存するその仕組みが、人間の記憶の働きと不思議なほど似ているからです。
場面は、時間・場所・感情・制約条件・過去の経験の合成物です。一つの座標は常に多次元的です。
「退勤途中の20分、地下鉄、手が汚れないタンパク質」は、単なる「タンパク質スナック」よりも解像度の高い座標です。座標の解像度が上がるほど呼び出しは正確になり、呼び出しの正確性が上がるほど、行動は速くなります。ブランドの役割は、この座標を鮮明にし、その座標に着いた時に「自社への道」を安全に短く敷いておくことです。
メディアを超えてエージェントへ
エージェントの時代になると、ブランドが消費者のカテゴリーエントリーポイントを把握し、座標とブランドを結びつけるためにメディア的な活動を行うだけでは不十分です。
ブランドがメディアを超えてエージェントになるためには、情報提供を超えて、消費者のタスクを「代行」しなければなりません。理解するだけで終わらず、意思決定を行い、実行し、その結果を学習して次の意思決定を改善する。
つまりブランドは、「説明する存在(メディア)」から「行動する存在(エージェント)」へと変わる必要があります。
エージェントと呼ばれるための最低条件

エージェントと呼ばれるための最低限の能力要件は、次のとおりです。
1. 理解能力:ユーザーの意図、場面、制約を把握する力
2. 判断能力:考えられる選択肢を集め、理解したインテントに基づいて優先順位を付ける力
3. 実行能力:契約、予約、再生、配信などの実際の行為をシステムとして完結させる力
4. 説明能力:なぜその判断に至ったのか、どのデータに基づいているのかを透明に説明する力
5. 学習能力:実行結果に対するフィードバックから誤差を捉え、次の意思決定に反映する力
上記のように「理解・判断・実行・説明・学習」のループが継続的に回るとき、初めてエージェントと呼ぶことができます。
スマートフォンブランドはどのようにエージェントになれるのか
これまで整理してきたエージェントの最低条件を前提に、スマートフォンブランドが実際にエージェントとして機能できる可能性を考えていきます。ここで重要なのは、エージェントとは単に情報をうまく提供する存在ではなく、消費者のタスクを実際に代行する存在であるという点です。
トラベルエージェント:複雑な意思決定を一つの流れにまとめる

旅行を計画する際の消費者の意思決定は、多くの場合、極めて多層的です。
航空券の発券、座席選択、手荷物規定、乗り継ぎ時間、ホテルのチェックイン、現地交通、為替、eSIM、翻訳、免税処理まで、異なるアプリやタブを行き来しながら処理しなければならない判断の断片が、想像以上に多く存在します。
このスマホブランドが真のトラベルエージェントになろうとするなら、これらの断片を並べるのではなく、一つのワークフローとして束ね、段階ごとに通知するところから始めなければなりません。
・予約確認メールやチケットのPDFから日程やバウチャーを自動で抽出し、カレンダーやウォレットに構造化して保存する。
・出発24時間前には自動チェックインを提案し、乗り継ぎ空港ではゲートや保安検査場の混雑状況を考慮した移動時間を案内します。
・到着後もeSIMの開通、現地交通カードの登録、地図のオフラインダウンロード、宿泊先の深夜チェックイン導線までが一連の流れとしてつながります。
この瞬間、スマートフォンは情報を見せるメディアではなく、予約・決済・開通・ダウンロードを代行するエージェントになります。
多様なアプリやWebサービスとの連携には事前のパートナーシップが必要ですが、旅行というカテゴリーエントリーポイントの座標に最も強く結びつくブランドは、このスマホブランドとなり、消費者が体験する主体もまた、このエージェントであるスマホブランドへと移行します。
健康&ウェルネスエージェント:身体の状態を理解し、実行を監視する

次に、健康管理&ウェルネスエージェントです。
ウェアラブルデバイスは、睡眠段階、心拍変動、活動量、食事時間などを追跡できます。
蓄積された活動履歴と生体データをもとに、健康管理&ウェルネスエージェントは「筋力強化」「ダイエット」「ボディプロフィール撮影」といった目標に応じて必要なアクションを提案し、その実施過程を監視します。
その日の回復指標が低ければ、ランニングアプリの目標ペースを自動で下げ、カフェイン摂取の通知を遅らせ、就寝前には照明の明るさや室温を徐々に下げます。朝にはアラームの音を変えます。
もちろん、病院や保険との連携は同意の上で行う必要があり、データの流れは双方向で、常に撤回できる状態でなければなりません。
それでもなお、ユーザーが「今週の私は大丈夫か?」と質問した時、スマートフォンはその週の状態を説明し、なぜ今日は回復に専念すべきなのかを、蓄積されたデータを根拠に説明できる必要があります。
生産性向上エージェント:一日を一つの意味単位にまとめる

三つ目は生産性向上エージェントです。
会議が多い日、スマートフォンは一日を単なる予定の羅列ではなく、一つの意味ある単位としてまとめます。
最初の会議の45分前に、メール・カレンダー・Slackのスレッドからアジェンダ文を自動収集して要約を作成し、必要なファイルのアクセス権限を事前に確認します。
移動経路はリアルタイムの交通状況と会議の重要度(発表者か聴衆か)に応じて余裕時間を変えます。
会議中には、音声、ホワイトボード、画面共有といったマルチな記録を同期してタイムラインを生成し、議論されたアクションアイテムを担当者と期限を自動で割り当てます。
これらすべてはチームのルールと合意の上で回さなければならず、「なぜこの文が決定事項として分類されたのか」という根拠も残す必要があり、プロジェクトの保安も徹底的行われる必要上がります。
企業内でエージェントが機能するためには、性能と同じくらい可視性とガバナンスが重要です。
ゲームエージェント:見せるのではなく、代わりにやる体験

四つ目は、ゲーム好きのユーザーのためのゲームエージェントです。
ここで重要なのは、ゲームエージェントは何を見せるかではなく、何を実際に「してくれるか」です。
このエージェントは、最近興味を持っていたゲームの新作を自動でインストールし、長期間使用していないゲームはアーカイブして端末を最適化します。
決済も代行しますが、最近のプレイ頻度が低い場合には、更新前にユーザーへ確認の通知を送ります。
ネットワーク品質の監視や、友達招待を代行してチームマッチングを調整することまで含め、すべてが一つのゲーム体験として束ねられてこす、ゲームと言う意味空間でスマホブランドが定着します。単にスマホに高性能なAPを搭載されているだけでは不十分です。
オンデバイスモデルによってユーザーのプレイパターンを学習したスマートフォンは、ゲームごとにフレームレー移動中は遅延に敏感なタイトルを優先して帯域幅を割り当て、家ではWi-Fiの混雑状況を考慮してアップデート時間を自動的に夜間へ調整します。深夜帯には画面の明るさや通知ルールを切り替え、大会モードではおやすみモード(通知なし)の有効化や録画・ハイライト抽出が自動で実行されます。
さらに、ストアやコミュニティのアカウントまで連携できれば、新作の事前予約からパッチノート、機器の互換性に関する問題までを、一つの連続したゲーム体験として整理することが可能になります。
CEPとエコシステム戦略:なぜ単独では不十分なのか
こうしたエージェント体験を完成させるには、単なる性能向上を超えたエコシステム戦略が不可欠です。
例えば、グローバルPCゲーム配信プラットフォームであるSTEAMとの提携や、必要に応じて買収といった選択も考えられます。これは単なるサービス連携ではなく、ゲームという巨大なカテゴリーエントリーポイントの中で、消費者の意味地図に深く根を下ろすための投資です。
旅行、健康管理、生産性、決済といった分野には、すでに強力なプレイヤーが存在します。
世の中のあらゆることをこなせるオールマイティなエージェントというのは、現実的な目標とは言えません。多様な競合製品が存在するスマートフォン市場において、このブランドが消費者とブランドとの間で最も強固な関係を築くエージェントとなり、主要なCEPを拠点にブランドを成長させていくためには、すでにそれらのCEPを押さえているブランドに対して、「所有」「提携」「連合」のいずれかを選択する必要があります。
どの道を選ぶにせよ、ユーザーの前では、このスマートフォンブランドが代表エージェントとなり、単一のブランド体験として統合されていなければなりません。バックエンドの複雑さは、フロントエンドの単純さで補われなければならず、これこそがエージェント時代の難しさでもあります。
エージェントになることの本質
ブランドがエージェントになるということは、「すべてをやる」ということではありません。
むしろその逆で、自分たちが最も得意な場面を選び、その場面で圧倒的にうまく代行することです。旅行なら旅行、ゲームならゲームのようにです。
その場面での代行が期待以上で安心できるものとして定着したとき、座標は一つずつ繋がり、ブランドの地図とエコシステムが形成されていきます。
では、なぜ、今なのか?
その理由は技術が成熟したからでも、競争が激化したからでもありません。ユーザーの時間が、これまで以上に希少なものになったからです。
検索と比較の時代は、多くの機会をもたらしましたが、同時に終わりのない探索というコストを消費者に負わせました。エージェントの時代は、このコストを回収する時代です。消費者には時間を取り戻させ、ブランドには選択のハードルを一段と高く突きつけます。

AI時代におけるブランディングの3つの転換点
ここまでの話を総合すると、AI時代のブランディングは、次の3つの転換を必ず通過する必要があります。
1. 名前から座標へ:ブランド認識の転換
AI時代において、ブランドはもはや名前ではなく座標であるという事実を理解しなければなりません。
消費者の記憶の中とAIの意味地図で、特定の文脈と場面に繋がる座標として存在します。認知度も重要ですが、それは出発点にすぎません。消費者の選択の瞬間を左右するのは、ブランドがどの文脈の座標に、どれだけ強く結びついているかです。
2. インテント優先設計:呼び出される条件をつくる
ブランドは、インテント優先設計によって呼び出される条件をつくる必要があります。
インテントとは単なる欲求ではありません。時間、場所、感情、制約、過去の経験が組み合わさった文脈の結果物です。ブランドが売上を生み出す本当の瞬間は、まさにこの狭く、深い場面で起こります。
AIがその場面を理解し、ブランドを呼び出すためには、企業は抽象的なメッセージではなく、構造化されたデータと明確な根拠によって「この場面では、うちのブランドが正解である」という事実を証明し続けなければなりません。
3. 座標からエージェントへ:ブランドの役割の拡張
ブランドは意味地図の中の座標にとどまらず、エージェントへと進化する必要があります。
情報提供だけでは十分ではありません。
消費者のタスクを代行し、理解→決定→実行→説明→学習のループを回し続けた信頼できるブランドだけが、消費者のエージェントとして残ることができます。
重要なのは、すべての場面で呼び出されるよう欲張ることではありません。
自分たちが最も得意な場面を正直に選び、その場面で圧倒的に機能するエージェントになることです。
まとめ

これからの競争は、「どれだけ多く露出したか」ではなく、「決定的な瞬間に、どれだけ正確に呼び出されたか」で決まります。
ブランドの未来は、派手なキャンペーンの反復露出にあるのではありません。AIの意味地図の上に、どれだけ多くの座標を確保できているか。その座標が、どれだけ明確で信頼できる理由と証拠によって支えられているかにかかっています。
ブランドの歩みは
名前から座標へ、
座標からエージェントへ、
エージェントから信頼へと続いていきます。
この旅路を最後までやり切ったブランドだけが、AI時代の最終的な勝者となるでしょう。
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